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うぐいす張りVS鳴き龍

京にどれだけある?
うぐいす張りの廊下と天井の鳴き龍。

 歴史遺産の廊下を歩くと、うぐいすの鳴き声に似た音がする。うぐいす張りの廊下は、観光客や修学旅行生になかなかの人気である。歩くことの反応が五感でダイレクトに確かめられる。それが満足感につながり、訪問の印象を強めるのだろう。
 うぐいす張りの廊下は、ざっと思いつくもので、二条城二の丸御殿、知恩院、それから東山七条の養源院。いずれも古い建物だから、歩いてキュッキュッと音がすると、修学旅行生などは、廊下がきしんでいるのかと勘違いするらしい。うぐいす張りは、廊下がきしむ音ではありません。侵入者が近寄るのを察知するために仕掛けた、先達大工の素晴らしい知恵なのである。
 たとえば知恩院のうぐいす張りは、御影堂から大方丈、小方丈に続く五百五十メートルの廊下にほどこされている。「その長さも音色も日本一」といわれて、「知恩院七不思議」のひとつに数えられている。その鳴き方や音色のちがいを、二条城や養源院でも比べてみるとおもしろいだろう。
 二条城の案内書によると、うぐいす張りの仕掛けはこうである。廊下の床板と、それを支える床下の梁材の間に小さな「目かすがい」を何個も入れて、すき間がつくってある。鉄製の目かすがい(長さ約十二センチ)には二個の釘穴があり、そこに鉄釘を打っておく。この状態で床板を踏むと、すき間が押されるように重力がかかるので、目かすがいが上下する。すると、目かすがいと釘がすれ合い、うぐいすが鳴くような音がする。二条城に限らず、うぐいす張りといえば、基本的に同じ構造だそうだ。
 目かすがいと釘、掌におさまるただこれだけの小さな材料で、廊下にうぐいすの鳴き声が響きわたる。いまの技術なら、やれセンサーだ、超小型モーターだ、電源だとなって、その挙げ句に電子音のうぐいすが鳴いたりしかねない。昔の人は、木造建築を心底知り尽くしていたのだなあ、と感心してしまう。
 いっぽう、天井の鳴き龍といえば、大徳寺、相国寺、興聖寺の名が思い浮かぶ。ただし大徳寺の法堂は非公開、相国寺の法堂はドーム型構造による多重反響現象(フラッターエコー)といわれているので、訪ねるなら興聖寺(上京区堀川通寺之内上ル西側)。ここは古田織部を祖とする、茶道織部流を継承する寺。境内に古田織部の墓があり、毎年六月十一日の祥月命日に藪内流宗匠を迎えて織部会の墓前茶会が行われている。
 この寺の二層造りの法堂天井に、立派な鳴き龍がある。うぐいす張りとちがって、こちらは天井いっぱいに描かれた龍を、まず鑑賞できる。画は沙門祖的の筆による。沙門とは僧のことで、名のある画家の作ではないために、注目されないのかもしれない。
 この龍の真下で手をたたいてみよう。堂内いっぱいに、迫力ある音がはね返ってくる。少しでも龍の顔の部分をはずれると、龍は反応してくれない。これを「鳴き龍」という。こちらの先人の知恵にもただただ敬服するばかり。あまり知られていないのが残念だ。
 「鳴き龍」で有名なのは日光東照宮。ここの境内薬師堂に見られる鳴き龍は現代になって科学され、龍の顔の部分の地下に大きな土製の瓶が埋められていることがわかった。つまり、この瓶の真上で手をたたくことによって、瓶が反響するという仕掛けになっていた。
 興聖寺の鳴き龍にも、なんらかの仕掛けがあるのだろう。これを建てた大工の知恵である。

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